すきっぷ 第22号 平成 20年 5月
「共に育つ」ということ
二月十一日、上級教育カウンセラーの町田順司先生の講演会を行ないました。子どもの自立を親としてどのように見守ればよいのか、お話を聞かせていただきました。
子どもと共にというのはとても大事なことです。どうしても大人の方が成熟していて子どもは未熟、親が先頭に立って子どもをひっぱってあげなければならない、というこちらの思いがあります。その先行した思いが子どもを引きずっていきます。そうするとけなげにも子どもはその思いに応えようとします。
これは「共に」という対等の関係ではありません。「共に」というのは、どっちが偉く価値がある等といったことを、全て排除するところに成り立つのです。
しかしながら、大人が子ども達をこうあるべきだという世界に引っぱっていき、大事なものを気づかないうちに壊してしまうのではないかと、すごく恐れるし、実はそういう感じを受けることが多い。大事なものとはその子の伸びようとする力、春になったら芽吹くような、その子の命の本来の力・・。
命というのは本来的に内発性です。一個の受精卵がどんどん細胞分裂し、母親の胎内で進化していく世界、これは全部外から何もやってない、内発なのです。内から外へエネルギーが高まっていく発信体、これが命なんです。
ですから常に、赤ちゃんや子どもが求めているものを感じ、見ている方向を見てあげればいいのです。発信しているものを感じ、それに応える、これがコミュニケーションです。
思春期の子どもとのかかわり方が難しい
0歳から一歳は母と子がまさに一体の世界、一歳から三歳は母と子が手の届く距離を保つ、地続きの世界。三歳から六歳は目の届く世界。学校に入るとついにお母さんが見えなくなる世界・・。そうすると親は心を配るしかないんです。
このように命というもののベクトルは、常に自己実現の自立に向かって動いていきますから、どんどん離れていくのです。これが流れ。子どもは安心の世界の中で自我が芽生え、立ち上がり、親から離れようとします。子どもが今何を求めているのか、その命は何かを発信しています。
こちらが緊張していたり、あるいは何か問題があって心が囚われていたりすると、子どもの側から発信していても受信の感度がよわまっていてきちんと受信できません。そうすると子どもはイライラしたりします。
十歳からの子と親のかかわりについて
自立への葛藤に入る十歳からのかかわり方は十歳までとは大きく変わります。十歳までは基本的に親や周囲への依存期と言えます。十歳からは自立へ向かう、「第二の誕生」といわれます。子どもが自分を生き得られるようなかかわり方をすることが大事です。ここに関わり十ポイントを紹介します。
一、 十歳過ぎたら親が子離れしよう
親は自分で自分の人生を総仕上げするつもりで、自分は何をやりたいか、どうありたいかということに向かい合うこと。
子どものことを抜きにして夫婦で向かい合う。
二、 素直になろう
子どもが指摘してくる親の短所などを、言われた事に感謝して素直に自分で認める。
三、 信頼して見守ろう
子どもが秘密を持ったり、子どものあれこれがちょっとわからなくなっても、もうこちらからは追いかけたりせず、向こうからの関わりがある時には全面的に受け止める。
四、 感情を上手く受け止めよう
この頃の子どもはブレーキがなくてアクセルだけの車体と同じ様なもの。まずいと思っても自分では止められません。子どもの感情的な言動も、受け止める側が柔軟に。
五、 我が子の友達を大事にしよう
我が子が作った親友を本当に温かく迎え、大事にすることが、子どもは自分が大事にされていることと同じだと感じる。
六、 親は先輩、友達関係になって対話すること
権威、権力の座から降りて「対話」すること。
七、
子どもの世界に勝手に入らない
子どもの部屋などにも勝手に入らない。断りもなしに入る親に腹を立てない子どもがいるとすれば、その事が問題・・。
八、
子どもをわかろうとすること
子どもがどんなことを思っているのか、感じているのかが見えない。このわからなさを大事にして、こちらは常に「受け止めよう、聞こう」という姿勢を持つこと。しかし聞くというのは難しい。自分の価値観で聞き、聞きたいことだけ聞き、自分の器で聞き、自分の経験値で聞く。しかし、本当に相手が語りたいことを聞けなかったならば、聞いたことにはならないのです。
九、
一個の人間として尊重すること
「尊」という字は広辞苑に「兌換性なしを尊という」とあります。宇宙のなにをもってしても、あなたのかわりにはならないという思いをもって、子を大事にすること。 人を尊重するというのは、自分の自尊感情が育っていないと、とても人を尊重することなんてできません。自分は一個の人間として価値ある存在だと、確かなる自分への信頼と信用と尊重をきちんと持っていて、初めて人を尊重できるのです。ですからこれはとても難しいことなのです。至難の業です。しかし、子ども達が求めているのは、まさにこのことなのです。
十、
行動の決定権を子どもに任せること
押し付ける、決め付けるなどという「相手をこちらの思い通りに動かしたい」というかかわり方をしない。命というのは内発性です。させられる、やらされるというのは嫌います。しかし、子どもに決定させたらどんな決定をするか怖くて任せられない、という現実がいっぱいあるとも思います。ここで大事になるのが「私(わたくし)メッセージ」という世界です。
「わたくしメッセージ」とは・・
子どもの行動を見て、母として不安になったりイライラしたり、心配を感じたりすることがあります。評価や皮肉などが入っていない事実だけに関して、自分がどのように感じているか子どもに返す、これが「私メッセージ」です。「どうしなさい。」とはいわず、「これはあくまでもお母さんの気持ちよ、思いよ」と伝えます。どのように決定し行動しようが、それはあなたの自由なのだと伝えているメッセージなのです。
「私メッセージ」には三つの得があります。
一つ目は、親自身が気になったことがあったら、自分の中に構えを作らず伝えられることです。自分の中に起こっている気持ちを伝えられるので、精神的に健康でいられます。
二つ目は、お母さんが自分の気持ちを正直に伝えますと、子どもは「お母さんはそういう風に感じてるんだ。」ときちんと受け止めます。なぜなら、責められていない、否定されていないからです。「こちらの思い通りに動かそう」というメッセージでなければ、そこには対等の形があり、子どもも自分の素直な気持ちをちゃんと返すことができます。
三つ目は、「あなたはあなたの責任において、どのように感じようと自由なのよ。」という言外のメッセージがあります。すなわち、子どもを一個の人格として認めているというメッセージです。自分を一個の人間として尊重し、関わろうとされていることを感じたら、そういう風に自分に向き合っている人を悲しませようとはしません。それに応えていこうとするのです。
育児は育自 「共に育つ」ということ
子どもが十歳を過ぎたころから、育児は「育自」になります。「共に育つ」というのは、相手のことをずっと楽しみながら、葛藤しながら、失敗したら、その失敗に気づきながら。気づいたら、時間的な早い、遅いなんて関係なくて、気づいたその時こそが、その人にとって、とても意味深いものなのです。
十歳までの安心と信頼の世界が命の中に豊かに築きあげられていれば、子どもが何を求めているかそれを感じ、誠実に答えてゆけばいいのです。百人百様、自分らしく、いろいろなものから学んで、「共に」育ってゆくのです。
私達が十年先の社会を描いたって、その何千倍、何万倍にも変化した十年後があります。僕らが経験したことも、体験した事もないような刺激を受けて、生きていかなければならないのです、子ども達は・・。だから、子ども自身の考え、感じたこと、発信していることを、私達親は受け入れ、想像して、自立へと向かう子ども達の命を育てていくのです。